2012年占星術関連WS&リトリートのおしらす
女性としての自信というのはどこからくるのだろうか。
女性として自信がない故、結婚や恋愛で女性として認めてもらいたい人が世の中にたくさん居る事を
多くの女性の占星術鑑定をたくさんして知った。
見た目も美しく、頭もよく、そつなく社会の事はこなしている。
しかしながら、どこか溢れ出るセクシーなものはとうの昔から封印していて、そんなものは自分には
一切ないと思い込んでいる、自分を勘違いし、低く見積もり続けている30代女性の現実を目の当たりに
してきた、2年間だったと思う。
それは、まさしく私自身がそうだったからだし、彼女達に共感できるところが多かった。
その女性としての魅力はどの人のケースも「金星」による影響が大きい。
みんな自分の「金星」の部分がどこにあるかも知らないし、自分の金星の使い方だって知らない。
占星術をしらなければなおさら、理由わからず、女性として自信がなく自分に対して否定的になるばかりである。
金星力とは、「愛される力」である。
愛される力を全員が持っているが、土星や冥王星によって押さえつけられていたり、傷つけられている事はある。
そんなのは自分が持って生まれたことすら知らない事がほとんどだし、本人には罪がないといえばないのだ。
しかしながら
客観的に自分の魅力をどうやってより良くすれば良いか、という審美眼さえも曇り、フィルターを
とおした形でしか見れていない30代女性の多いこと。
半ばあきらめと、やっかみと、愛された経験のないことによって、ウエストラインは隠し、姿勢は丸くなり、
化粧もやめてぺたんこ靴しかはかない魅力封印に走って行く。
それでいて
相手に求める理想が高くなり、それらが自分に対する理想だと気づかないまま、結婚や恋愛相手の
ハードルだけをあげて、そんな夢のような話は自分にはおこらないかも知れない不安感で毎日を
過ごしているように見える。その不安を隠すために、ヨガにハマり、違う角度で自己肯定を始める女子も多い。
私は幼い頃、体が大きく、肥満っこだった。
幼い頃、周りの大人のコメントにぐさぐさ傷つき、辛かった事がある。
両親は食べ物を美味しそうに食べる私をみてもっと食べ物を与えた。
そして祖父母の家に行くと、「おおきいな〜大きくなったらおまえは女子プロにはいったら良い」と
毎回の訪問で何度も言われる。
祖父母だけでなく、久しぶりに合う叔父や叔母にも言われる。
太っている、でなく、「大きい」と言われる事が悔しくてとっても辛くて、女子プロなんか女性らしさの
かけらも見られなくて、なんで女の子なのに、かわいいとか、美しい方向に導こうとはしてくれないのか、
という家族の無神経なところに幼い心はいつも憎しみを覚えてさえいた。
だから、幼い頃はおじいちゃんも、おばあちゃんもあまり好きではなかった。
見た目に太っている、というだけで、「愛されていない」勘違いが始まったのはその頃だと思う。
家族からは、「心が優しい」とか「頭がいい」とか、言われる事はなかった。
逆に
「ずる賢い」とか「太って大きい」とか「しっかりしている」とかいう言葉しか私の記憶に残っていなかった。
今思えばそれらの言葉が目立っていただけなのかもしれないけれどでも「かわいい」とか「女の子らしい」
とか女の子としての褒め言葉をいただけた事は記憶になかったと思う。
そして窮屈な日本という国を飛び出して
アメリカに高校留学した時、初めて学校で周りの生徒に囲まれて言われた言葉。
「You are so pretty!」(なんてあなた綺麗なの!)
Pretty って言葉になじみがなくて、Beautifulではないことに疑問を持ったが、pretty とは美しいという
意味だと知って、えも言われぬ活力を自分の中に感じた事を覚えている。
「私はprettyなんだ。どうやら女として認められている!」
そこから何となく世界が変わった事を覚えた。
その後英語がわからないのに、わけもわからぬまま、演劇部のヒロインをやらされた。
(台詞のないヒロインだったので)その後、小さい頃からの食べる事で幸福感を得る癖が続いていたので、
1年のアメリカ滞在で20kg太った。
それでも、アメリカの片田舎では、周りは日本人で変わっているだけでprettyと言い続けてくれたのだから
これまた恐ろしい。
アメリカから帰って、すぐ20kg太った私を迎えにきた母親がみて、びっくりしていた。
日本ではそこからが辛い毎日だった。
制服が以前来ていたものが合わない。
服を買いにいってもサイズなんてない。
ユニクロなんてない時代、オーバーサイズのコーナーにしか服はなかった。買い物に行く度に
情けなくて泣いて帰ってきていた。
そうやって
私の女の子の自信は取り戻した後、日本ではまた却下されていった。
その反動か、また大学生になり、また居心地のいいアメリカに何度も戻った。
その度にPrettyだといわれ、自信を取り戻しては、また日本にもどり、やさぐれてはアメリカに戻りしていた。
体重はどんどんへり、20kg減り続け、23歳になる頃には普通の人の体重になっていた。
その間、恋もし、人とも付き合い、二股もかけ、綺麗だ、美しいだ、の言葉になれっこになっていった。
でもそれはアメリカでの話、日本で「お綺麗ですね」なんて言われた事もなければ、
男には恐ろしがられるだけの、いちびった留学女子でしかなかった。
24歳の時に婚約していたアメリカに居た頃からつきあっていた最愛の人と別れてから、
また女としての自分に疑問を持ち始めた。そこから女としての自信はまた幼い時に感じたように、
否定されたように思い、だだ崩れて行ったような気がする。
そして仕事も何もだめ。挙げ句の果てに28歳で、見た目のコンプレックスに真剣に悩んだ。
その時あるヨガのワークショップに行った帰りに、
容姿のコンプレックスというのは自分が作り出して来た、現実というだけなのかもしれない、という事に気づいて、帰り道涙を流した。
お金なし、男なし、自信なし。
3拍子揃いすぎていて人生って結構辛いもんで、死にたいと思うことだってあるんだなと気づいた時。
(T冥王星□N月、キロン□キロン、サターンリターンなど)
そこから本格的に人生に取り組み始め、全てをなくしたあとから、必死で仕事をがんばるようになった。
占星術に出会ったことも大きかった。
そして30歳になって冥王星がついに、私の金星を破壊再生するタイミングがやって来た。
直前でつきあっていた彼にふられた。
だから一体なんの理由があってふられたのか、知りたくて占星術の影響をみたら、
金星が破壊されるという前だった。
そこから、一体金星ってなんなのさ?と研究を始めた。
その辺りから金星を知る事をし始め、冥王星による破壊が始まった。
再生して行く中で、自分の体に対するコンプレックスにもどんどん働きかけていく必要があった。
女性として愛される=自分を愛する事を教えてもらえなかっただけに、それらを自分で独学していった。
破壊再生が終わった頃、何度も、自己を愛する喜びに涙があふれた。
自分で自分の美しさを認めて行く事に感動を覚えた。見た目の善し悪しはそれらを簡単か、
あるいは難しくするのかもしれないが、やっぱり心のあり方一つで、自分を愛する事って
変われるんだなって実感した。それがいわゆる「女性としての魅力」「男性としての魅力」
自分の役割としての魅力に気づいていくのではないかと思った。
近年の事としては去年からハイヒール修行を始めた。
「でかい」「おおきい」という言葉が大嫌いだったので、168cmの私がハイヒールを履く事なんて
過去になかった。しかし、良く考えたら、日本で小さくかわいくなろうと思っても実際むりなのだから、
逆に大きさを生かした美しさを実践しようと思った。山羊座金星、何においても「高い」が美しい星座だ。
大きいからはける、美しくなれる靴を履きこなそうと。
そんな小さな努力で、姿勢や歩き方、全てが「美しさ」を意識するようになった。
その少しの変化で毎日の意識が変わる。
そうすると周りの評価もどんどん変わっていくのだから面白いものだ。
私が客観的にみて美人なのかどうかはどうでもよい。
私自身が自分満足な美人になれていれば幸せだ。
持って生まれた物をよりよく見せ、かわいがること、それがこの体を与えられた事実だと思う。
自分の見方が変われば人生は変わる。
わたしはバリ島で多くの時間を過ごしているが、どこをあるいても、バリニーズから、悪い気のない、
「かーわいいね〜」という声がかかる。
もう35をすぎたおばさんに、かわいいと言ってくれるのは笑ける限りだ。
自分の魅力に下心がなければ、下心のない、やりとりですむものだ。
バリに住む友人は
「バリニーズとイタリア人は女とみれば、声をかけなければ失礼だとおもってるんやで」
という。まさしく、その慣習を知っているので、声をかけられてもありがと〜ですむ。
それでいて悪い気はしない。いくつになっても可愛いって言われることは嬉しい限りなのだ。
そうやって、自分の女性としての価値に固執しすぎずも、軽い感じでとらえられるように
なってから本当に毎日の心が楽だ。
人はだれもあなたを変えてくれない。
あなたが自分を愛する限りは、誰からも愛される存在になる。
自分を愛する力、それが
「金星の力」なのだから。

金星の力を取り戻せるように、多くの女性が自分を愛する事を学べますように。
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